2018年10月27日(土)群馬県高崎市で開催された、3回目の同窓会の様子をご紹介しましたが、今回は写真を中心にその時にどんなことが起こっていたのかやどんな話しがされていたのかをご紹介しますね。
到着して受付
今回の会場となった高崎市立佐野中学校に14時に到着して、駐車場で中学生のお出迎えを受けて、今回の開催のお世話役をお願いした大木さんの姿も確認しました。そこで彼の口から出た言葉が
「先に受け付けをして。」
でした。
「受け付け???」
受け付けって何?今までそんなものはなかったぞ?でしたが、グランドの方に進んでみるとテーブルが設置してあって、そこにも中学生が待機してくれていました。テーブルの上には封筒と4年前の同窓会の記事のコピーと、今回のユニフォームとなるTシャツが準備されていました。
なにせギリギリになってしまっているので、その場で写真を撮るような余裕もありませんでしたので、ご紹介できるのはいただいた資料とコピーとTシャツになります。
(すみません。バッグの中でぐちゃぐちゃになってました。)
この新島学園の封筒に入っている資料は、岡先生がこの日のために準備していただいたもので、それもあとになって中を見て分かったという感じでした。
(こちらもバッグの中でこんな状態になってしまいました。)
(岡先生が作ってくれた資料が入っていました。資料の中には記録もありましたが、外国人相手では全く通用しないばかりか大事なところでエラーをしたりで,どんどん気持ちも落ち込んで行った苦い記憶がよみがえってきました。)
(岡先生、私の名前が違っています。闘犬センターの横綱の名前は「司号」でしたが、私のしは「志」です。あんまり闘犬センターに染まっていたので、「司」と思われたかもしれませんが名前に「司」が入っていたのは杉本さんでした(笑)あとこの名簿では副団長は宮崎の黒木さんですが、実際アメリカに同行したのは鹿児島の竹下さんでした。なぜ交替したのかは覚えていませんが、この竹下さんが事前合宿で一騒動を巻き起こします。社長も初めての世界選手権の団長でピリピリしていて、事あるごとに怒鳴り散らしていましたね。)
試合になるとみんな真剣になる
今回我々年寄りのお相手をしていただいたのは、ケービックスというママさんチームでした。日本ウェルネス大学の中田まり監督に、どんなチームかな?って聞いたところ日立のOGや健大、高商の卒業生が多くいるチームだという情報が入ってきました。
高商は高崎商業かな?健大は何?(笑)高知の田舎者、さらに女子の世界は全く知らない私には、そこそこやるんだろうなという感覚しかありませんでした。しかしそれでも相手は女性ですし、今回ばかりは勝って終われるだろうと思っていましたが、試合前のアップをしている相手チームを見ると何か違う、これはどういうこと?と思わせる光景がありました。
確かに中心は黄色のユニフォームを着た女性のメンバーですが、その中に色は違うし、あきらかに男性の姿がありました。それも結構若い(笑)
一回目の日本体育大学もそうでしたけど、相手が元全日本だと聞くとやっぱりすごい人たちだと思うみたいですね。失礼があってはいけないとか、ちゃんとやらないといけないと思ってしまうようです。
ありがたい心使いですが、ただの年よりにとっては有難迷惑でしかありません。身体は昔のようには動きません。ただ目の前にボールが来れば打つし、取りに行くし投げるいような習性にはなっています。そして試合となればやっぱり「勝つ」ということを目指してしまうようです(笑)
ただ年老いた身体はどうしようもなくて、結果として負けた時にには「もう勝ち負けにはこだわっていないよ!」みたいな態度をしていますが、夜の懇親会でお酒が入ると
「次は勝てる相手にしよう!」
みたいな発言が飛び出してきます(笑)
大木さんがどうやって今回の対戦チームを選んだかは聞き忘れてしまいました。誰もやってくれないのを必死でお願いしてやっていただいたのかもしれませんが、結果としては見事3連敗になってしまいました。
(参りました。)
試合の様子を写真で振り返ってみますね。
年寄り組先攻で始まることに勝手に決めてしまったので、打順決めをしています。結局年齢の高い人から打つということになりました(笑)
守備位置はサード大木さん、ファースト深見さん、レフト杉本さん、センター田中誠一さんが不動で、残ったポジションを残りで割り振るということになりました。
前回から助っ人で来てくれている蟹沢さんがセカンド、今回助っ人の西村信紀さんがショート、ライトに私が入って、ピッチャーは山本さん、キャッチャーは群馬から助っ人に入ってもらいました。
(助っ人1蟹沢さん)
(サード大木さん)
(ちょっと遅れて参加してきたしショートの家竹さんの華麗な守備)
(ファースト深見さん)
(家竹さんがショートに入ったので私がライトからセカンドに回りました。これで世界選手権の時の内野手が始めて揃いました。唯一私のところに飛んできた一二塁間のゴロをやっと取ってグラブトスしましたがセーフに。やっぱり下手くそ(笑))
(レフトの杉本さん)
(センター田中誠一さん)
(この日は打つだけだった高井さん。今は校長先生をされています。本来のポジションはキャッチャーで、4年前の日本体育大学戦は私のボールをノーサインで簡単に受けてくれていました。)
(元陸上競技の大河原さんです。ソフトボールをやってみたらソフトボールの方が面白くなって、日本一、全日本入りと簡単にやってのけた方です。この日も打つだけの参加の予定でしたが、最後は外野を守っていました。)
(1番ピッチャー山本さん。71歳です。)
(杉本さんのバッティングフォーム)
(田中誠一さんのバッティングフォーム)
(深見さんのバッティングフォーム)
(山崎のバッティングフォーム)
(家竹さん得意の流し打ち)
(蟹沢さん、若いのでスイングスピードが速い!)
(西村さん、この人は投げても打っても普通じゃない。)
(唯一の弱点は遅いボールを打つのが苦手。チェンジアップでなくても緩いボールは打ち損じる確率が高く、若いころこの人が抑えて、この人が打って勝つ試合はやってられなかった闘犬センターのナインは、相手ピッチャーにスリングショットで緩いボールを投げるようアドバイスしていました。)
(この日の問題児。高石さんです。)
(若い頃の面影まったく無し。参加前に私に「走れません。」「走ったら必ず転びます。」「転んだら必ず骨折します。」けど「1打席だけ打たせてください。」と言うので私のところで代打で打たせることに。「絶対走るな!」と命令して打席に立たせたのですが、本能なんでしょうね。打ったら思わず走りだしていました。2歩目でグラッときて、4歩目には転んでました(笑)顔を擦りむいたものの、幸い骨折はなし。懇親会でお酒も飲んでました。)
(元群馬教員キャプテンの石井さんです。守備も家竹さんに変わってショートに入って、見事ノーエラーでした。素晴らしい!)
(助っ人キャッチャーです。お疲れ様でした。あなたがいなかったら大変なことになっていました。現豊田自動織機女子ソフトボール部コーチの山崎泰稔さんを助っ人に呼んでいたのですが、決勝トーナメント進出が決定して参加出来なくなりました。)
(相手チームです。なぜ全員女性じゃなかったのかなあ?)
(フォームもダイナミック。変化球、チェンジアップを織り交ぜて2失点に抑え、見事勝利投手に。リベンジマッチ受けてくれないかなあ?)
戦いすんで日が暮れて
おじさんたちの本当の楽しみの時間がやってきました。今回お世話になったのは割烹旅館古久屋さんというところでした。
大木さんの車の先導で到着したところは、昔遠征で良く泊まったような雰囲気のある旅館で、和室に何名かが分れて宿泊するスタイルでした。最近はどこに行ってもホテルが多くなって、大勢で雑魚寝するようなこともなくなりましたので、これはこれで楽しい感じでした。
闘犬センター勢5名、群馬教員勢4名、愛知勢2名、家族で参加した家竹さん一家、カメラマン待遇で押しかけ参加の女性1名に分かれての宿泊になりました。
宴会は岡先生の挨拶、乾杯に始まり、参加している人全員が一人ずつ挨拶をする形になりました。真面目にしゃべる人、ユーモアを交えてしゃべる人、それぞれのスタイルでの挨拶になりましたが、いつの間にか久しぶり(久しぶりじゃない人もいましたが)であることを忘れてしまっていました。
一通りの挨拶が終ればあとは自由に移動したりして、旧友を深めていきます。1次会、2次会で飲んだビールが54本だったそうです。お酒を飲んでいなかった群馬の3人以外にも、早くから焼酎に変えていた人もいましたので、朝その本数を聞いたときに
「よく飲んだなあ。」
「いったい誰が飲んだ?」
という感想が飛び交っていました(笑)
それでは1次会の様子も写真で振り返ってみましょう。
(岡先生の挨拶です。弘瀬勝と出会い、そしてこの世界選手権で我慢することを覚えたと言われていました。)
(田中誠一さんが何か言っています。)
(引き続き田中誠一さんのお話しが続いています。)
(岡先生80歳代、山本さん70歳代、杉本さん60歳代)
(中京大学の先輩、後輩。いろんな人間関係があります。)
(同級生3人、来年は還暦)
(これはですね、田中誠一先輩の高知商業の後輩である西村さんが自分のことを「誠一ちゃん」と呼ぶのは、ヒロシが俺のことを「誠一ちゃん」と呼ぶからだといちゃもんをつけているところだと思います。これは前からずっと言っていることで、それに対してはちゃんと説明をしているにもかかわらず、田中誠一先輩は納得がいかないようで、何かにつけてこの話題を持ち出してきます。私は高知商業の後輩でもなくトヨタ自動車の後輩でもありません。そして私は愛すべき人たちを「ちゃん」付けで呼んでいます。あなたの先輩の杉本さんを「お杉ちゃん」と呼んでいるのに、「田中さん」はおかしいと思いませんか?西村さんがどのような気持ちであなたを「誠一ちゃん」と呼んでいるのかは、私は知りませんけどね(笑))
一次会はこんな感じで過ぎていきました。2次会はカメラマンが私の横ですっと一緒に笑っていて写真撮ることなんか放棄していましたので、残念ながら写真はありません。
また会いましょう!
昔話が楽しくなったら年を取ったということでしょうね。そして楽しかったので、また会いましょうってことになります。
今回の同窓会の開催をお知らせした私のブログにも書きましたが、残された開催地はもう高知しかありません。しかし高知は遠い(笑)開催しますよとなっても、なかなか集まらないだろうなという予測もあって、今回の群馬で終了でもいいかと私個人は思っていました。
ところがどっこい遠出は出来ないから群馬でとなった張本人である、岡先生から衝撃的な言葉が発せられました。
「社長が亡くなって何年になる?」
「社長の墓参りも兼ねて、次は高知でやろう。」
え、マジですか?実は高知に居る私たちも墓参りなんて行ってないので、それは良い機会にはなりますが、言い出しておいて不参加なんて言わないですよね?(笑)
幹事は私にすぐ決まりました。すぐに社長の息子に連絡して命日を確認、このような趣旨の集まりがあって、お墓参りに行きたいという意向も伝えました。試合会場も決定。あとは日程を決めて、ユニフォーム代わりのTシャツと帽子を発注すれば、だいたいの準備は終ります。
いつ開催します?って杉本さんと相談しましたが、もういつ誰に何が起こるかも分からないので、善は急げで来年開催で行こうになりました。
高知開催なら、闘犬カラーの帽子とTシャツを準備しようかなとか思っています。ちょうど大木さんと深見さんと私が還暦なので、赤い闘犬カラーでいいかもしれません。
などなど今のところ思いつきですが、本当にみんな来てくださいね。闘犬センターのOBだけが集まってなんていうのはイヤですからね(笑)
墓参りも試合も二の次でいいので、高知で美味しい魚を食べて、おいしいお酒を飲んで楽しみましょう。本当にこれで最後になると思います。なぜなら次と言われても、もう私が動かないから(笑)